2018年10月15日の心の糧


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わたしの故郷

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ 私の故郷は長崎県北部の草深い田舎ですが、さすがに「ウサギ追いしかの山、小鮒釣りしかの川」という唱歌の雰囲気ではありません。草深いとはいえ、それなりに開発が進み、近頃では外国の方々も住み着いたりして国際化さえされてきつつあります。

現代化、国際化が進むのはいいことですが、齢を重ねて少々寂しい思いをすることがあります。

それは、故郷独特の方言が通じなくなってきたことです。

今では方言とは言わず地方語、標準語とは言わず共通語というそうですが、地方語にはその土地の土の味とも言うべき、何とも言えない響きがあるものです。

「ことばは人となった」。(ヨハネ 1・14)これは聖書のことばであり、神の救いのメッセージがイエス・キリストにおいて結晶したことを示すことばです。

そして、地方語にも、共通語にはない、人間とその土地と一体となった味があります。

やはりことばは人となっているのです。

ところで、心休まる故郷に時々足を運び、その未来に想いを馳せることがあります。

故郷は国際化、現代化の波を受けて、崩壊するのか、それとも別の好ましい変貌を遂げるのだろうかと。

そして、イエス・キリストというお方が、ご自分の故郷を訪れた時、なぜ故郷の人々に受け入れられなかったのかと。

もしかしたら、目の前の現代化、国際化を貫いて、あるいは故郷の濃密な人情のもっと奥に、真実の故郷があることを示そうとされたのではないでしょうか。

それは、神さまを父とする全人類家族が、それぞれ違うことばを語りつつ、しかも一つになって響き合う真実のふるさとなのではないかと。

少なくとも現代化、国際化は宗教離れとは別物だと思います。