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わたしの好きなみ言葉

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ

ぐうたらな自分の生き方を何か応援してくれるものはないか。こんな身勝手なことを考えていた時、ふと浮かんだことば。それが「あなたがたは世の光である」というみことばでした。(マタイ5・14)

一生陽の当たる道を歩くことなど無理かなと思っていたのに、すでに光っているというのですから、これほど慰めに満ちたことばはありません。

しかし、わが身を振り返ってみれば、とても光っているようには思われません。周りを見ても、頭の毛が薄くなって、結構光っている人はいますが、それとて自然に光るのではなく、かなり手入れを要するようです。

「光を受けて光になろう」という心地よい聖歌がありますが、そのままで光ですよという趣旨ではないようです。

この慰めに満ちたみことばに出会ってはみたものの、その後このみことばと現実の落差に悩まされることとなってしまいました。

わが家のすぐそばに26聖人の丘があります。教皇ヨハネ・パウロ2世が「至福の丘」と名付けた場所です。1597年2月5日、26人の方々が殉教したというのですが、処刑という暗黒の所業がなされた場所なのに、ちっとも暗さのない不思議な場所でもあります。

当時の出来事を伝える証言はどれもこれもよろこびと光に満ちています。

ふと思うことがあります。もしかしたらこれは、彼らがすでに光であったことの証しではないかと。迫害という外圧によって、すべての付随物が削ぎ落されたその時、彼らの中の光が覆い隠しようもなく、一気に輝き出たということではないかと。

暗さの中で心がなえそうになった時、すでに光なのだという、撤回されることのないみことばを支えに、次の一歩をと願うこの頃です。