何という無茶なことを言うオジサンだ、と私は呆れ、2人の若者に同情したが、不思議に「何でもええから前へ出て行け」という言葉は強く心に残った。確かに、上手になってから、世間に出て行こうと思っていては、いつまでたっても上手にはならない。前へ出て行き、経験を積むことによって、人は段々上手になっていくのである。そして競争に負けたとしても、自分が新しい一歩を踏み出したことに比べれば、それは些細なことなのだ。芸人なら、勝とうが負けようが、ニコニコして、まずはお客に顔を覚えてもらえばよい。
巨大な樹木も初めは小さな芽から芽吹く。新しい一歩は小さな勇気で始まるのだ。
その先輩漫才師は才能ある人で、怒鳴り声もすさまじかったが、2人を引っ張った手は暖かかったと思う。
もう亡くなって久しいが、彼の無茶な励ましをなつかしく思い出す。
そのおばさんが亡くなると、その貯金は、女子大生の為の、返済の必要がない奨学金になった。シスターに託された貯金が一億円。
ただ黙々と働き、ひっそりと生きたおばさん。
死後、発表され、今、多くの学生がその恩恵を受けている。
このおばさんの話は、私の人生のいろいろな出来事の中でも衝撃的だった。今の世の中は、「結果を出す」「世界的な存在になりたい」などの言葉が飛び交っている。日々、結果を出すために、資質や才能とともに、並大抵ではない努力や自己犠牲を払っている人々に対して、私は心から尊敬をする。しかし、私にとって、このおばさんの生き方は、どのような名声や地位を得た方々よりも心に響く。
このお掃除のおばさんの沈黙、この人ならと託されたシスターの沈黙。この世は天国に行くための訓練所なのだと思った。無名の存在として生きた、お掃除のおばさんが天国に着いたとき、すぐにマリアさまに出会われたと、私は信じています!