私は、20代初めに、人生で初めて、自分で進むべき道を決め、この世に生を受けた時から、両親のもとで過ごした、なつかしい家を後にし、自分の足で新たな世界に踏み出そうとしました。その時、ある人から「卵の殻をつついてあげることはできるけれど、殻から出てくるのはあなた自身よ」と励まされたことを思い出します。
ふり返ると、人生の大切な節目節目で、いろいろな形で私の殻をつついてくださった方々との出会いや関わりがありました。
その人々の助言やサポート、そして、祈りがあったからこそ、私自身、勇気を持って新しい一歩に挑み、自分の道を歩み出すことができたと、思っています。不安で一杯でしたが、「その一歩が道になる...ゆけばわかる」「案ずるより産むが易し」というような先人の言葉を、身を持って体験し、今は、そのような経験が私自身の誇り、強みにもなっています。
人生には、雛が卵から孵るように、外に向かって出ていくよう促される時が何度か巡って来ます。殻を破る時、それまで大事にしてきたものや価値観が覆されることもあります。しかし、私たちは、一人ひとりのすべての歩みを導き、固い殻をつついてくださる、真の親鳥である神様の御手の中で生かされているのです。
時に人は、今までのしがらみや固執したあり方から一旦、自由になって、全く新たな一歩を踏み出したい思いが沸き起こってくるのかもしれません。そして、その時は、特に、人生のあらゆる節目、暦や季節の変わり目に起こるのかもしれません。
「思い立ったが吉日」ということわざがありますが、まさに、新たな一歩を踏み出す、その日が吉日となるのでしょう。
私事ですが、長い間、悩み続けていた事柄から、ある時、ふっと自由になり、何ものかの力に背中を押され、新たな一歩を踏み出したことがありました。悩み苦しむ時というものも、必要なのかもしれません。しかし、悩んでいてばかりでは前に進むことはできません。「よしっ!」と踏ん切りをつけて、新しい一歩を踏み出す勇気も必要です。
そんな時、神さまは、私たちの背中をおしてくださるのだと思います。そして、その時を「吉日」として祝福し、新しい道を歩む恵みを与えて、応援してくださるのだと私は思います。
「新たな一歩」。それは実のところ、いつでも、どこでも踏み出すことができるのだと思います。そして、新たな一歩から広がる新しい状況に直面する私たち一人一人に向かって、神さまは「恐れることはない」と励ましてくださるのだと思います。