2018年02月28日の心の糧

みんなで笑うこと

松浦 信行 神父

今日の心の糧イメージ 今でも心に残っている話があります。30年ほど前の話ですからどこで聞いたかは判らないのですが、不思議とはっきり覚えているのです。

れはある男子修道院での出来事です。多分クリスマスのことだと思います。修道院には、信者さんから沢山のケーキがプレゼントされました。そこで、皆が食堂のケーキの前に集まって、ケーキとお茶を頂こうとしたその時に、言い争いが起こりました。それは、なんと、どのケーキから先に食べるかということが発端でした。

その話を語ってくれた人も、バツが悪い顔をして、恥ずかしそうに、「大の大人がですよ、それも修道者がですよ、どのケーキから食べ始めるかで、けんか腰の言い争いですよ。全く情けない」と。

そんな中、修道院の責任者である院長がこの言い争いを終わらせようと、皆を制して発言しました。

「みんな、静粛に、静粛に。ケーキのことで共同体が分裂するのは良くないですよ。ほら、あの壁の額に書かれた文字を見てください。『主にあってわれらは一つ。』この言葉を皆かみしめてください。」

すると、間髪を入れず、一人の修道者が発言しました。「心は一つ、でも、口は沢山。」すると、一瞬しーんとなり、その後すぐに全員の大爆笑へと変わり、それがしばらく続いたのだそうです。

そして、それまでのけんか腰の議論が嘘のように、皆が和やかに一つのケーキから食べ始めたということです。

厳しい議論、難しい問題、出口なしの状況、そういった深刻な時に、ユーモアをもった人によって和やかな雰囲気が生まれ、皆が冷静になれることを、この話で感じたのでした。

2018年02月27日の心の糧

旅路での決意

服部 剛

今日の心の糧イメージ 以前に働いていた老人ホームで出逢った可愛いおばあちゃんを、私は時折思い出します。今はもうこの世にいませんが、いつも桃色の洋服を着て、ふわりと歩く彼女のことを、私は心の中で〈ゆめ子さん〉と呼んでいました。

クリスチャンでありながら日本人の宗教性にも心惹かれる私は、9年前、初めて京都・奈良の旅に出て、帰ってからお土産話をゆめ子さんにすると、「あなた、大原三千院には行った? いい所よ」と教えてくれました。それ以来、〈次回、京都へ行ったら大原へ〉と思っていました。今回、文筆に専念すべく介護職を辞めた退職金で、念願の京都・奈良への旅を実現し、初めて三千院を訪れました。本堂でお参りした後、庭へ出ると木々の足元は苔むしており、ふと目を上げると小さなお地蔵さんがこちらに微笑んでいました。ふたたび三千院の本堂内へと身を置き、ゆっくりと腰を下ろし、ひととき庭園を眺めた後、次の詩を書きました。

竹筒からひとすじ水の糸がーー落ちる
石の器の水面に、円は広がり
しじまはあふれる
絶え間なく心に注がれるもの
心の靄に穴を空け
密やかに
わたしをみたす

ノートとペンを床に置くと蝉時雨は響き、いつしか日頃の悩みも軽くなっている己の心に気づきましたーーー。この旅に出る二週間前、同居していた義父が帰天し、その存在の大きさを後から感じました。家族でいろいろと話し合う中で、深い哀しみにおそわれましたが、今回の旅路で祈り続けるうちに、〈全てを天に委ねて、生きる〉という決意が、心に生まれてきました。

三千院の門を後にした私は、かつてこの場所を教えてくれたゆめ子さんに〈ようやく、来ましたよ〉と感謝の想いを抱きながら、次の場所へと歩き始めました。


1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11