2018年01月09日の心の糧


▲をクリックすると音声で聞こえます。

ぬくもり

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ 雲仙普賢岳の火砕流から今年で早くも26年が過ぎたことになります。噴火とは異なる火山活動があることを知らされた記憶が、今も鮮明です。

その雲仙で毎年5月の第3日曜日に殉教祭が催されます。

1000人以上もの方々が集まる殉教祭なのです。

それというのも、かなり高地に位置するので、下界とは3度から4度の温度差があり、さわやかな気候も影響しているのかとも思います。

1991年6月3日、44名の方々が火砕流の犠牲となる痛ましい災害がありましたが、400年近く前には、火砕流ではなく、雲仙地獄の熱湯をかけられたり、熱湯に浸けられたりして殉教した方々がいました。

毎年、5月の殉教祭に与りながら想うことがあります。

確かに殉教者たちは地獄の熱湯を浴びていのちを捧げたのですが、彼らに寄り添う何者かが居て、死の熱湯をいのちのぬくもりに変えるという驚くべきことを行ったのではないかと。

心頭を滅却すれば火もまた涼しという、激烈なる修行のことではなく、聖書に言われている、迫害されたら「喜び踊れ」という神の喜びの実現です。

明治になってからも迫害は続きました。世にいう「浦上四番崩れ」で津和野に流された信徒たちは、一転極寒の中にさらされました。しかしそこでも女性子供に至るまで、裸で雪の中に一晩中さらされても、堂々と耐え抜いたというのです。

 

雨の日も風の日も、親鳥は卵をいのちの温度である38度で抱き続け、ヒヨコは孵化します。

人間の中の神さまのいのちの誕生にも、熱湯や凍てつく寒さをいのちのぬくもりに変える何者かが関わっている。

殉教祭はそんな想いを運んでくれます。