イエス様の誕生は、飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子として、聖書の中で描かれています。救い主が、この様にしてお生れになった訳ですが、現代の私たちにとっては驚く様な誕生ですね。
ふと、イタリア人の神父様が、ご自分が生まれたのは家畜小屋、と仰っておられたのを思い出しました。寒い冬、家で唯一「暖」を取れるのが家畜小屋だったとのこと。それはほんの90年前のこと。誕生を見守り、喜ぶ姿。動物たちの暖かな温もり、人の暖かな心がそこに。
何もない様に思えても、温もりも暖かな心も、必要なものが全てそこにある。その様に考えながら、「誕生」について思いを巡らすと、今までとは違った想いがします。生命の誕生を、新たな眼差し、新たな心で眺めることができるのではないでしょうか。
誕生の喜び、いつまでも大切にできれば嬉しいですね。生命の誕生、全ての生命に思いを馳せながら、イエス様の誕生を、大切な方とともに迎えられてはいかがでしょうか?
このシーンは多くの人の心に印象深く残っているようだ。
私にとっても忘れられない。それは、信仰の素朴な原点を思い出させるからである。子どもの頃、イエス様に会いたいなあ、会えたらどんなに嬉しいだろう、と思っていたあの気持である。
長い間待ち望んでいた救い主の誕生を知った人々は、きっと深い喜びに満たされたことだろう。現代に生きる私たちも、年ごとのクリスマスを祝うことで、その喜びと感謝を心に刻み直す。クリスマスとは長い歳月をかけた祈りと願いであり、そして、その祈りに応えた大きな愛と恵みでもある。人々がそのことを思い出し、愛を分け合う時、そこに誰かの気配がある。2千年前にただ一度だけ来られたのではなく、人間のささやかな真心を受け取るために、何度でも訪れて来てくださるのだ。
目に見えなくても、私たちはその方を見上げている。やがて喜びが降りて来て、静かに私たちを満たしていく。