そして最後に、講師の先生はこう締めくくってくださいました。「いのちの電話には、これから自死しようとする方からの電話も多いです。そして色々な対話の中で、電話を切らなければならない時が来た時、最後の手段として、こう語ることも出来ます。今度何月何日頃、またお電話くださいね。待っていますよと。すると、必ず約束した日までは自死しません。」そして講師の先生は最後にこう話されました。「しがらみによって自死に追いやられる人も、同じしがらみによっていのちが救われるのですね。人間は関わりの中で生きているということです」と。
この30年間、このことばの重みを噛みしめながら、私は日々過ごしてきました。
ところで私は洗礼を受けてから、誕生日を迎えるごとに、それまでの1年に初めて出会えた人との出会いに感謝し、次の新しい年にどんな思いがけない出会いが用意されているのか神様に祈り委ねます。
「神様はいつも私たちと共に居て下さって人との出会いの中で聖霊が働いて下さるのよ」と教えて下さったシスターの一言に、それまでの人生がいかに出会った多くの人に助けられ守られてきたことかと反省し、感謝のうちに洗礼を決意したからです。
それから50年が過ぎ、出会いの蓄積が網の目の様な繋がりになって私の周りに広がり、今後も生きている限り広がり続けます。
「人の縁」というこの繋がりは、神様のご計画なのでしょう。