評価する

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ

これいいね。いや、あっちの方がいいよ。そうかなあ...。私たちは毎日の生活の中で、いろいろな物事について良い悪いなど、優劣や順位をつけているのではないでしょうか。無意識のうちにも人や物事を、自分なりに評価して選びながら歩んでいるのでしょうね。

もちろん、それだけではありません。お母さんに褒められると嬉しいな...。お父さんに褒められると嬉しいな...。自分が評価するのでなく、自分のことを評価してくれること、応援してくれることを嬉しく思って、そのことを励みに頑張っていることも多い様にも思います。苦手なものも、私たちはこの様にして乗り越えてきたのかも知れません。

ところで赤ちゃんが、はいはいしたり、よちよち歩きを始めたりした姿を見たりして、嬉しくなったことはありませんか。学校で友だちが、算数の掛け算がようやく出来る様になった。その姿を自分のことの様に喜ぶ...。そんな喜びのうちに過ごせればいいですね。

また小さな子どもが心を打ち明けてくれたり、摘んだお花をプレゼントしてくれたり、病気のお見舞いに行ったら、その方が逆に気遣って下さったり、これも嬉しいことですね。気遣い、心遣い、思いやり、どんな小さなものであっても、それはかけがえのないもの価値のあるもの、宝物ですね。

その様な宝物を探してゆくなら、一日の終わりに振り返ってみると、沢山の良いこと、良い人、嬉しいこと、嬉しい人に出会った大きな喜びで一杯になっているかも知れません。今まで平凡と思っていた一日が、単調と思っていた生活が変えられてゆく様に思います。

今日も1日が始まります。嬉しい宝物を探しながら過ごしてみてはいかがでしょうか?

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植村 高雄

今日の心の糧イメージ

何を評価するか、更には、どんな言葉や思想を大事にするかで、自分の人生が決まります。歴史に左右されるのが人類の歴史でもありますが、同じその流れの中に追い込まれましても幸福感を感じて生きている人と不満ばかり口にして生きている人が居るのは何故でしょう?

人には自由意志が与えられていますので、その選択は自由です。厳しい流れの中に生きていましても、どんな思想を評価して、それを選択するか、その人の自由です。

さて、考え抜いて選んだものでも、幸福感を感じたり、不幸に追いやられたりしますが、現実吟味力があれば、何とか悔いのない人生を生きる事も可能です。

青春時代にドイツの神父さんから教えられ、生涯、大切にしている聖書の言葉があります。

コリントの信徒への第1の手紙、6章19節の「知らないのですか、あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿って下さる神殿であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのです」と言う言葉です。つまり「人の身体は神の神殿」という思想です。

私の身体には愛そのものである全知全能の神様がすんでおられると確信して以来、私の人生は大きく変化しだします。どんな危険や苦悩が身辺に生じましても、この教えが私を救ってくれています。この聖書の言葉を私は、なによりも高く評価して生きてきました。

昔、イギリス、ベルファーストを旅したことがありますが、当時は爆弾事件等があり、悲劇的な場面に遭遇し、人間の哀しい歴史を垣間見ました。しかし、その爆弾事件の背景を思索していきますと、そこに何とも切なく哀しい民族の歴史がありました。

何を評価し選択して生き抜いていくかは、素晴らしい人生課題です。


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