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小林 陽子

今日の心の糧イメージ

B子ちゃん、わたしはあなたに出会って、今までの価値観が180度変わりましたよ。

そんなことを期待してあなたのいる施設をひとり訪ねたわけではなかったのに。ごくふつうのボランティアとして「なにかお手伝いできることないかなあ」ってね、そこの代表の方にもそう言ったのでした。すると、「なにもしなくていいのです。ただ、仲間たちといっしょに過ごしてくださるだけで十分です」といわれました。

ここでは障がい者という言葉は使いません。すべて「仲間」です。わたしとしては食事の後片付けやお掃除などさせてくだされば、と思ったのですけれど。

なにもしないでただそこにいること・・・・・ それは意外に難しいのですね。なれていないから、落ち着かないのです。

世間の評価に応えるには、つねに周囲に気を配って積極的に行動しなくてはなりません。それが刷り込まれていますから、つい手が出てしまう。

あなたといっしょに作業していた時のこと、わたしが、新聞紙で袋をつくり、それを、あなたがビニールの袋にいれます。とても機嫌よくニコニコしながら・・・・。そのうち途中でひっかかって、うまく入らなくなりました。わたしはみかねて、手を出してしまいました。

とたんにするどい叫び声!。「わー、ごめんなさい」と私。そうしてだんだんわかってきました。

B子ちゃん、あなたはいつもニコニコ笑って、タンポポの花のように、きらきら、いきいきしています。わたしもなにげなくそこにいます。その「ともにいること」「ともに在ること」のたのしさ。やすらぎ 。あなたから教わったのです。深いところで、ほんとうにくつろげるの。

なんの為にとか目的とか意味とか、ややこしいことはちょっと脇においといてね!

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古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ

これいいね。いや、あっちの方がいいよ。そうかなあ...。私たちは毎日の生活の中で、いろいろな物事について良い悪いなど、優劣や順位をつけているのではないでしょうか。無意識のうちにも人や物事を、自分なりに評価して選びながら歩んでいるのでしょうね。

もちろん、それだけではありません。お母さんに褒められると嬉しいな...。お父さんに褒められると嬉しいな...。自分が評価するのでなく、自分のことを評価してくれること、応援してくれることを嬉しく思って、そのことを励みに頑張っていることも多い様にも思います。苦手なものも、私たちはこの様にして乗り越えてきたのかも知れません。

ところで赤ちゃんが、はいはいしたり、よちよち歩きを始めたりした姿を見たりして、嬉しくなったことはありませんか。学校で友だちが、算数の掛け算がようやく出来る様になった。その姿を自分のことの様に喜ぶ...。そんな喜びのうちに過ごせればいいですね。

また小さな子どもが心を打ち明けてくれたり、摘んだお花をプレゼントしてくれたり、病気のお見舞いに行ったら、その方が逆に気遣って下さったり、これも嬉しいことですね。気遣い、心遣い、思いやり、どんな小さなものであっても、それはかけがえのないもの価値のあるもの、宝物ですね。

その様な宝物を探してゆくなら、一日の終わりに振り返ってみると、沢山の良いこと、良い人、嬉しいこと、嬉しい人に出会った大きな喜びで一杯になっているかも知れません。今まで平凡と思っていた一日が、単調と思っていた生活が変えられてゆく様に思います。

今日も1日が始まります。嬉しい宝物を探しながら過ごしてみてはいかがでしょうか?


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