2017年09月30日の心の糧

私とロザリオ

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ ロザリオの祈りをご存じだろうか。ロザリオは、一見すると美しいネックレスのように見えるが、実は、聖母マリアへの祈りを数える道具だ。ロザリオが貝やガラス玉やオリーブの木など様々な材質で美しく作られているのは、カトリック信者の心に、聖母が美しい女性であり、母であり、あこがれの方だからだと思う。

この聖母への祈りは、天使ガブリエルが、マリアに救い主の母になることを告げる言葉から始まる。そして、神の母となられたマリアに、私たちのために今も死を迎える時もお祈りくださいと願って終わる。短い同じ祈りを合計53回唱えることで、ロザリオの輪をひと回りする。私は子供の時からよくロザリオで聖母に、私の祈りを神に取り次いでくださいと願った。

まだ小さいときは1日に10回ほど唱えるのが精いっぱいだったが、大人になると一周することができた。何周もくり返し祈ると一定のリズムが生まれ、ますます祈りやすくなる。不思議な慰めに満ちた祈りだ。20代の頃は、聖母にそれほどの親しみを感じていなかったが、それでもなぜかロザリオは好きだった。ロザリオで祈ったことはいつも聞き届けられたからかもしれない。

ロザリオは私の両親が愛していた祈りでもある。母は、赤いハート型のガラス玉がつながったロザリオ、父は、プラスティックの薄緑色のロザリオで祈る姿をよく見かけた。ロザリオの月と呼ばれる10月は、夕の祈りの後に私たち家族はそろって並び、一緒に祈った。両親が聖母マリアへの崇敬を示してくれたおかげで私の心には聖母の存在がしっかりと根を下ろしている。

今も毎日毎日「お母さん、あのねぇ」と聖母マリアに語りかける気持ちでロザリオを祈っている。

2017年09月29日の心の糧

年を重ねる

末盛 千枝子

今日の心の糧イメージ 私自身、もう老人の年になってきましたが、老いてきて初めてわかることのなんと多いことだろうかと思うのです。これは、本当にお恵みだと思います。

例えば、若い時だったら、とても手が出なかった難しい本も、今ではとても面白く読むことが出来るようになっている自分を発見することがあります。これは、きっと、いろいろなことを経験してきて、そこで扱われているような難しいこともわかるようになってきているということではないかと思います。

そして、いろいろな人がいろいろな人生を一生懸命に生きているのだということも、心から納得するように思います。これは幸せとは何だろうか、ということとも関わるようです。昔、頂いたカードに、そのようなことが書いてありました。つまり、人はそれぞれみんな違った困難を抱えて生きているのだから、愛し合わない訳にはいかないでしょう、というようなことが書いてあったと思います。自分が生まれる環境は選べないのですから、世界で悪いことをしたと言われる人たちのことも、もし私が、その人の立場だったら、同じことをしたかもしれないと思ってしまいます。もちろん、それにもかかわらず、そこから立ち直ることの出来る強い人もいます。そういう人を本当に貴重な存在だと思います。

昔はあんなに素直に人を愛そうと思えたのに、それがなかなか難しくなってくることもあるように思います。どうしてだろうかと思うのですが、これはもしかしたら、私たちが、あまりに自分で何でもしようと思うからかもしれません。そのような時、それはもう神様にお委せするしかない、そういうことに出会っているのかもしれないと思います。


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