2017年06月14日の心の糧

繰り返し

松浦 信行 神父

今日の心の糧イメージ 私は大変体の弱い子供でした。小さい頃は風邪をひくと2・3日は寝込んでしまいました。

神父になろうとしましたが、こんなに体が弱くては大丈夫だろうかと、東京の教会にいた頃、一念発起しました。

復活祭へと向かう準備の期間を教会では四旬節と呼んでいます。「そうだ!この四旬節の間、近くの別の教会までジョギングをしよう!」と決心したのです。

初めの1週間はとても順調でした。往復40分ほどのコースです。2週間目に入ると、天気が悪くなって、ある日は小雨が降っていました。しかし、せっかく続けたのだからと、小雨決行したのです。

ところが、その翌日には熱が出て、2日ほど寝込んでしまいました。健康のためにジョギングしたのが、健康を損ねることになったのです。止めようかと思い始めたのですが、これでは3日坊主ではなく10日坊主だと考えたものの、この10日間続けてきたことが、私にもう一度頑張ってみようという気持ちにさせたのです。

その後、何事もなく、復活祭を迎えることができました。私は、これで健康になれるという自信を持ったのですが、同時に不思議な感覚がそこにあることに気付き始めたのです。

それは、一つのことをやり遂げたという充実感と共に、やり続けることができたという自信だったのです。そしてそれは、こつこつと一つのことをやり遂げることによって起こってくる繰り返しの力だったのです。

それまでは、繰り返し祈ることや生活習慣など、無駄だと思っていたのですが、この繰り返しの力が、その人の思ってもみなかった心を作り出すという確信をそのとき気付いたのです。

2017年06月13日の心の糧

繰り返し

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ 1年経つのが早いこと。あっという間にまた新しい年が始まり、そしてもう春4月です。1年365日、毎日同じ事を繰り返ししながら生きているようですが、日々、異なる時間と空間を生きていて、それは螺旋階段を回りながら登っているようなことかと思います。

我家の庭の花水木は、植えた時は17歳の長男の背丈と同じで、ひょろりと細かったのに、40年経った今は、屋根より高く枝を広げ、幹は苔蒸した大木に成長しています。毎年、春には白い花を咲かせ、真夏に涼しい木陰を作り、秋には紅葉で装います。その落ち葉を掃き集めながら見上げると、裸木の枝にはもう花の蕾が一杯ついています。来春の満開の情景を想うと、心が弾み、希望が湧いてきます。長男も今や3人の成人した子どもを持つ父親として働き盛りです。過ぎた歳月の経過とその重みを思わずにはいられません。

若い時は家事育児、何でもなく繰り返して過ごした日常の日々ですが、それがいかに幸せだったかと無性にいとおしく貴重に思われます。それはまさに私の人生そのものでした。

傘寿の坂を超えた今、簡単な事もスムーズに出来ないことが増えました。東日本大震災や熊本の地震災害、また地球上で起きるテロ事件などを想うと、普通の日常生活を繰り返して営めることの有り難さをしみじみと思うのです。

そして人生のどの段階でも、その時為すべきことを精一杯、心を込めて行なっていれば、必ず豊かで幸せな人生が啓かれて行く事を今も体験しています。

 

庭の花水木は、四季折々の美しさ、いのちの輝きを私たちに見せて楽しませてくれます.しかしそのためには、地道に地中深く根を張り、光合成を繰り返し、風雪に耐え、年輪を重ねて成長しているのです。


前の2件 3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13