自分らしく

服部 剛

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昨年の夏、私は都内の美術館で行われた舟越保武展を観に行きました。彫刻家の舟越氏はカトリック信仰を現す作品を彫り続けました。高山右近像も彼の代表作の一つで、その像は胸の中央に十字架を据え、静かな揺るぎない表情で立っていました。私は右近の生涯については詳しく知りませんでしたが、その後、右近の列福を祝う催しに参加したシスターから話を伺いました。

「切支丹大名の右近は人々から尊敬されていましたが、天は更なる霊的な成長を彼に求めていました。それは、自分が努力することも大事だけど、それ以上に自らの心の真ん中に十字架を据え、天の想いの望むままに身を任せきって生きるということです。戦場での負傷をきっかけに、祈りの中でそのことに気づき始め、豊臣秀吉の追放令で流罪となり殉教に至るまで、右近はその霊的な経験を深めていきました」と。

殉教とは切支丹のみではなく、現代においても同じ次元のことがあると思います。10年前に若くして世を去ったある女性歌手を、私は想います。彼女の母は私の父と小学校の同級生で、5年前に初めてお逢いして娘さんの話を伺いました。彼女は白血病の宣告を受けた時、泣き崩れ、深夜の病室で死の恐怖をじっと見つめ・・・それでも最期まで希望を失わず、激しい抗がん剤の副作用にも耐え抜きました。そして、命ある限り、切なる想いを届けようと、ボイスレコーダーに向かって歌い続け、〈生きるって素晴らしい〉というメッセージを遺しました。

この原稿を書く前日、私は彼女の墓に参り、花のブーケを供えました。黄色い花々の中心に一輪の小さな太陽のようなオレンジの花が咲いているのを見た時、私は感じました。彼女は今も輝きの中で歌っているーーと。

自分らしく

中井 俊已

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2017年2月7日、ユスト高山右近は列福されました。

高山右近の名前は、歴史の教科書にも登場するので、多くの人に知られています。けれども、国外追放された負け組の戦国キリシタン大名だと思われがちでした。その右近が、帰天後、約4百年を経て、新たに脚光を浴びるのをうれしく思っています。

右近は、若いころからキリスト教信仰が厚く、主君に信頼され、家臣や領民から慕われた有能な戦国武将でした。

 

ただ、右近が望んだものは、大名としての地位や財産ではなく、キリスト者として生きることでした。

それゆえ、時の権力者がキリスト教を迫害し出し、各地のキリシタン大名が次々と信仰を捨てても、右近だけは頑として応じませんでした。地位や財産を捨て、信仰をまっとうする道を選んだのです。

そして、ついには国外追放となり、辿りついたフィリピンのマニラで、病気のために帰天します。

この右近の生き方は、現代の私たちを照らす光を与えます。

現代の日本では、キリスト教信者が表立って迫害されることはありません。しかし、状況は違っても、神不在の物質主義、科学万能主義、快楽主義が蔓延し、信仰が軽んじられる難しい時代に、私たちは置かれています。

その中で、自分の地位や名誉を損ない、社会的に不利な立場となっても、信仰を表明し、信仰に応じた生き方を貫くことは簡単なことではないでしょう。

右近は、困難な状況の中、キリストのように生きることを第一に考え、行動していきました。その結果、この世の限りある富を失っても、天国での永遠の栄冠を勝ち得たのです。

私もまた、右近に倣い、自分の役割を果たしつつ、キリストのように生きることができればと願っています。


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