2017年02月28日の心の糧

くじけない

シスター渡辺 和子

今日の心の糧イメージ 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい休ませてあげよう」(マタイ11・28)

このイエスのみ言葉が、何度、くじけそうになった私を、立ち上がらせてくれたか、わかりません。

管理職という立場は、決して華やかなものではなくて、むしろ淋しいものだということを、30代半ばで4年制大学の学長に任命されて以来、50年の間、数々の責任ある立場に置かれて味わいました。与えられた任務が思うようにいかない時、あらぬ中傷を受け、信じていた人たちに裏切られた時、しかも、それが自分の愚かさの結果とわかった時のやるせなさは、自己嫌悪につながってゆきます。

そんな時、イエスの「わたしのもとに来なさい」というみ言葉に救われるのです。肩にくいこんでいる重荷を外してくださるだけでなく、それを、ご自分の荷と軛に替え、背中をポンと押して、人生を新しくやり直す勇気さえも与えてくださるのです。

つまずかない人生を送ることが、人間にとって大切なのではありません。人間のこと、つまずくのはあたりまえ、ただ、その時くじけてしまわないことが大切なのです。自分の愚かさに心を奪われ、我と我が身に愛想をつかし、やけになったり、落ちこんでしまわないことが大切なのです。

ご自分も数々の失意を味わわれたに違いないイエスは、そんな私たちに向かって優しく、「くじけないでいいんだよ。古い荷物を重くしていた、うぬぼれや、自尊心を肩から外してごらん」と言い、新しい荷と軛に取り替えてくださいます。そして、柔和で謙遜になることこそが、くじけない秘訣であることを教えてくださるのです。一生ついてまわる荷物と軛を、主に倣って担ってゆきましょう。

 

シスター渡辺和子さんは、平成28年12月30日帰天されました。シスターのご冥福をお祈りしています。

2017年02月27日の心の糧

始めの一歩

シスター渡辺 和子

今日の心の糧イメージ 江戸時代、堺の町に吉兵衛という人がいました。商売も繁昌していたのですが、妻が寝たきりの病人になってしまいました。

使用人も多くいたのにもかかわらず、吉兵衛は、妻の下の世話を他人には任せず、忙しい仕事の合間を縫って、してやっていました。周囲の人々が言いました。「よく飽きもせず、なさっていますね。お疲れでしょう」それに対し、吉兵衛は、こう答えたと言われています。「何を仰います。1回1回が仕始めで、仕納めでございます」

この言葉を私は時折思い出して、反省の材料にすることがあります。吉兵衛さんは、この繰り返しを、繰り返しとは考えず、毎回を「始めの一歩」として、新鮮な気持ちで行い、もしかすると、これが最後になるかも知れないと、心して、ていねいに済ませていたに違いありません。こういう心を、折にふれて取り戻したいものです。

ずい分前のことになりますが、1人の神父が、初ミサをたてるに当たって言った言葉も、私に反省を促します。「自分はこれから、何万回とミサをたてることになるだろうが、その1回1回を、最初で、唯一で、最後のミサのつもりでたてたいと思う」

新しい年を迎えるにあたって、人それぞれに立てる決心があることでしょう。私は、吉兵衛さんの「仕始めで仕納め」の心掛けと、初ミサをたてた時の神父の「最初で唯一で最後」の意気込みを、この1年、大切にして生きたいと思います。

それは、ていねいに生きるということであり、その1歩1歩の積み重ねが、この1年を私の財産となる1年にしていってくれるのではないかと願っています。

 

シスター渡辺和子さんは、平成28年12月30日帰天されました。シスターのご冥福をお祈りしています。


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