旅立ち

崔 友本枝

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野生動物の生態をテレビで見ると感心します。動物は実に愛情深く、賢く子育てをします。小さな鳥でも敵が近づくと、母親がおとりになって、巣と反対の方に敵をおびき寄せたり、自分より大きな相手に飛びかかって撃退したりします。みじんもひるみません。命がけなのです。

こうしてヒナが成長し、旅立ちの「時」が来ると、親はこの「時」をしっかりと生かし、対応を間違えません。今度はお腹をすかせても、餌を与えないのです。親鳥は子供が一人で生きるすべを学ぶ時、手を離すわけです。小鳥は必死で餌を探し回って自立していきます。ライオンは怖い顔をして吠え立て、巣から我が子を追い出します。そうしなければ死を意味するからです。

私は折々に、この断固たる動物の姿を思い出すことがあります。動物の行動は本能によるものですが、神さまがプログラミングしたのですから、間違いがありません。

人間は、神さまから多くの自由を与えられ、行動を選ぶ範囲も広いのですが、かえって間違いも多いとも言えるでしょう。子供が旅立つ「時」が来ているのに、親が手を離さず、子の人生をつぶしてしまうことがあるのです。そのような親をもつ人がいたら、私は言いたくなります。「親の期待をかなぐり捨て、自分の人生を歩きなさい」と。自分の道を歩んだ人はたとえ失敗しても、晩年には親への感謝が生まれます。しかし、親に合わせ、選びたかった人生を歩めなければ、わだかまりをぬぐいきれないでしょう。失ったものの大きさを思い、事実を受け入れるために一生涯、格闘することになるかもしれません。

過ぎ去った時を取り戻すことはできないのですから。

旅立ち

シスター 山本 久美子

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私の新しい旅立ちを励まして下さったのは、一般企業で働いていた頃の上司の「自分の夢を大切に、幸せに」という温かい言葉でした。

当時、日本は経済成長期で、「企業戦士」と呼ばれた男性社員は、自分の健康や家庭を顧みずに会社の激務に邁進していた時代でした。女性も例外ではなく、ひたすら会社の大きな目標である「利潤追求」に向かって、残業の日々を送っていました。世間一般の価値観からは、それなりに名の通った全国規模の会社で、就職希望者も多く、表面的な待遇もよく、順調な生活と見る人も多かったかもしれません。しかし、洗礼を受けてクリスチャンになったばかりのころの私には、必死に目に見える業績ばかりを追求し、競争していかねばならない社会の価値観に虚しさと葛藤を感じ、もっと人と人との温かい関わりがあるはずだと思い、会社を退職することに決めました。

しかし、一般企業で過ごした日々は、私の貴重な人生経験として度々思い出されます。自分の都合を後回しにし、長時間におよぶ残業や休日出勤、転勤、単身赴任等を余儀なくさせられ、大きな組織の中で厳しい状況下で働くということがどういうことかを目の当たりにしました。そんな中でも自分の立身出世を求めるだけではなく、却って他者を気遣う言葉かけや礼儀を怠らず、部下の衣食住に関することまで気を配る人にも出会いました。並々ならぬ苦労の中で、己の行動を律すること、若い人々を育てるということの大切さも学びました。

退職するにあたっては、思いがけず、深い理解を示してくださった上司の「幸せに」という言葉は、私の折々の「旅立ち」の際に思い出される言葉の一つとなっています。


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