2017年01月31日の心の糧

おおらかに

末盛 千枝子

今日の心の糧イメージ 「おおらかに」、という言葉は、本当に素敵な良い言葉だと思います。でも、いざ自分のこととして考えると、心からそのようでありたいと思っているのに、とても難しいと思ってしまうことがあります。なぜそうなのだろうと考えてみますが、なかなか答えはでてきません。

私のとても大切な心の中に、ほとんどずかずかと、よりにもよって、という感じで、友人が入り込んできてしまったことがありました。断ったはずだったのに、です。

相手にしてみれば、悪気はなかった、あるいはほとんど善意だったのだろうとさえ想像しますが、それでも、そのことを嫌だと思う自分の傷が消えないのです。それほど自分にとって、とても大切だと思っていたようなところなのです。

そして、どうしてもっとおおらかにできないのだろうか、と自分を責めてしまいます。自分にとって、本当に大切なことを、たいしたことでないかのように扱われてしまったという怒りでしょうか。そうかもしれません。ほかのことについては、もっとおおらかに接してきたのに、という苦い思いが消えません。

人と人との絆を回復して下さるのは、聖霊の導きだと聞いてきました。そして、そんな時、私がもっとも頼りにする、聖書の言葉は「主よお話し下さい、しもべは聞いております」というサムエルの言葉です。(サムエル記上3・9)少年サムエルが、夜中に声を聞いて、3度も師のもとに駆けつけるのですが、師は呼んだのが自分ではないと気がつき、今度声を聞いたら「主よお話しください、しもべは聞いております、と言いなさい」とサムエルに言うのです。なんと素晴らしい祈りの言葉でしょうか。この言葉と生きていけば、おおらかでいられる、そんな気がします。

2017年01月30日の心の糧

旅立ち

植村 高雄

今日の心の糧イメージ 「私は何処へ向かって旅をしているのだろう?」、この言葉は世界中で人々が自問自答している大きな課題です。アフリカ、中近東、アジア、欧米、色々の場所で人々は色々の旅立ちをしています。

今、自分が置かれている場所が戦乱の地区ならば、平和を求めて難民として旅立ちますし、余りにも平和で、何をしていいかわからない国の若者は、それなりの冒険を求めて旅を始めます。

さて、どの場所にいましても、自分の生き甲斐に目覚めた人は、その自己実現への道を歩き出しますが、生きている意味に気付かない人々は、そのストレスに苦しんでいます。ストレスとは、その人の理想と現実のギャップの事です。人それぞれの生育史の中で構築された「理想」があります。その理想とは、こうあるべきだ、こうありたい、という願いのこと、かたや「現実」があります。

健康で元気な人は、そのストレスを解消すべく楽しんで人生の旅を歩きますが、少々、人生に疲れてきますと、歩く力がなくなり、旅の途中でバタリと倒れてしまいます。無理な理想像を自分が樹立していると歩く元気がなくなりますから、身の丈にあった理想像かどうか、時々確かめる必要があります。

そして、現実を暗い方向で解釈する人と、明るく解釈する人もいます。解釈が暗いと素敵な理想像も台無しになります。

こうして、人はそれぞれの旅をしていますが、オアシスで休む時には、必ず、自分の理想と現実を点検する必要があると思います。

旅立ちをしたら、何としても天国に到着したいものです。


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