2016年12月10日の心の糧

クリスマスに学ぶ

中井 俊已

今日の心の糧イメージ 「心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである」。(マタイ5・3)

心の貧しい人とは、この世の富に執着しない清貧の精神をもつ人のことです。清貧であれば、心はより自由となり、幸福を味わい、天国に入れるとキリストは言われたのです。

この真理を、キリストはこの世に誕生されたときから身をもって教えられました。

クリスマスの物語には、清貧とは逆に物欲に取り憑かれた男も登場します。当時の権力者ヘロデ王です。ユダヤの王となる子が誕生したことを東方の博士たちから聞くと、その周辺一帯にいた2歳以下の男の子を皆殺しにさせました。欲望に心がさいなまれていた彼は、自分の富や権力を失うことを恐れたのです。

一方、キリストのお生まれになった場所は、街はずれの粗末でつつましい馬小屋でした。しかし、そこには、その貧しさを甘んじて受け入れる若い夫婦がいたのです。とは言え、心優しいヨセフは、愛する妻のマリアにこんな場所で出産させることを心苦しく思ったでしょう。頼もしい夫が傍らにいるとはいえ、年若い妻も、必要なものさえないところで子どもを生むことへの不安がなかったはずはありません。

しかし、2人は不平や不満を表すことはありませんでした。神様のお望みどおりにすることが、一番良いことだとわかっていたのです。

日本の教会でも、クリスマスには、馬小屋の聖家族の像を目にすることができます。

「神様あなたは、なぜ、このようにして生まれることを望まれたのですか」と尋ねながら、赤ちゃんの顔をじっとながめてみてください。

 

あの貧しい何もないような馬小屋には、現代の私達にまで届くほどの愛と喜びがあふれていたことをきっと感じることでしょう。

2016年12月09日の心の糧

クリスマスに学ぶ

堀 妙子

今日の心の糧イメージ 教会のあるご婦人が、エルサレムで購入したというオリーブの木を彫ったご降誕のセットを、真夏に貸してくださった。それをテーブルの上に飾り、夏の間、1日に何回となく見ていた。

馬小屋の中には飼い葉桶に寝かされた幼な子イエスをヨセフ、マリア、牛とロバ、そして2匹の羊が囲んでいる。馬小屋の外には羊飼い、そして3人の王様たちは、それぞれの贈り物を携えている。エルサレムの名もない職人がオリーブの木で彫った1人ひとりの表情が、涙の谷であるこの世の旅路を歩むことを暗示している。

クリスマスの時期であれば、幼子イエスを待ち望む喜びで満たされるものだが、クリスマスではない時期には、いつもと違った視点で見ることになる。王様の1人の顔はオリーブの木に入っている茶色の筋のせいで、とめどない涙を流しているようだ。神への揺るぎない信頼をもって母子を守ろうとする養父ヨセフ、目の下に深いクマがある厳しい表情のマリア、幼子イエスは飼い葉桶に十字架のように両手を広げている。

日曜日に教会にいくと、聖書の福音朗読箇所は、主イエスはすっかり大人になっていて、窮乏のなかに産まれた幼な子が無事に成長しているのを知り、神への信頼をもって従ってきたからだと思わずにはいられない。

幼子イエスの誕生から3日後には、ヘロデ大王が救い主が産まれたことで不安に駆られ、ベツレヘムで二歳以下の男の子が虐殺される。ヨセフは夜、夢でエジプトに逃げるように天使から告げられ、すぐにマリアと幼な子イエスを連れて逃げていく。きっと彼らは王様たちからもらった贈り物を切り売りしながらエジプトへと逃げて生き延びたのだろう。

クリスマスに飾る馬小屋セットの中に、将来への不安から完全に自由になる覚悟を学んだのだ。


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