2016年12月28日の心の糧


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クリスマスに学ぶ

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ この世界の宗教論争の中で、神様はいないという意見と、いや、ちゃんとおられるという意見があります。

私は、この世に神様がおられるか否かということは、大した問題ではないと思っています。それより、人々が何を神として拝んでいるか、何の前にひれ伏しているか、ということが問題だと思っています。

「私は、神様など認めないし、宗教など全く関心がない」という方々が時々現れます。私はその人にすぐに答えることにしています。

「それは立派な宗教です」と。

すなわち、少なくとも自分の主張である「神を認めない」ということを信じ、実際に手を合わせることはないかもしれませんが、これを拝んでいることになるからです。立派な「神を認めない」教の教祖、または信徒ということになります。

 

これは決してことば遊びなどではありません。

キリスト教を信じているという人にしても、イエス・キリストの全部を捉えているとはとても言えないからです。

限界を持つ人間である自分が捉えたキリスト像であり、それを拝んでいるに過ぎないからです。だからといって、それは迷信だというのではありません。完璧ではないことを謙虚に認め、絶えず自分のキリスト像を新たにすべく精進する必要があるし、そのことを実践する者のことを、信者というのだと思います。

少々理屈っぽい話になりましたが、クリスマスは、こんなこの世の宗教論争にスパッと答えを与えてくれます。

それは赤ちゃんの微笑みです。何人といえども、この赤ちゃんの微笑みの前にひれ伏さない者はいないでしょう。

万人が認めるそのものこそ、最高の価値であり、そこに神様がおられる。これは、もっともらしい人間の理屈を砕いてあまりある、強烈なクリスマスのメッセージだと思っています。