肉体的なことばかりでなく、実際に、今日の私は昨日の私ではないはずである。良くなっているか、悪くなっているかのどちらかであり、そして、明日の私はまた、違っているであろう。実に、今日こそが、日々の生活の中で一番大切な日なのである。
もし、昨日あやまちを犯したとしても、今日は同じあやまちを犯さぬように努力することができる。自分の性格に、恥ずべき欠点があっても、新しいこの一日がそれに打ち勝つチャンスを与えてくれることだろう。
だれにでも失敗ということはあるものだ。しかし、あやまちを認め、それをなおして再出発するだけの勇気を持っていればこれから先もうまくゆかないんじゃないかなどとくよくよする必要は決してないのである。
毎朝、毎朝、黙っていても、再出発の機会はやってくる。新しい日々が自分のことだけではなく新たに他の人々の幸せのために尽くすそんなチャンスを与えてくれるのである。
朝が来るのはすばらしいことだと思う。