過ぎ行く「時」はそれ自体無色無臭で姿なきものですが、これにしるしが付くと、そこに潜んでいるものが、見えるようになるらしいのです。 これを「時のしるし」といい...
過ぎ行く「時」はそれ自体無色無臭で姿なきものですが、これにしるしが付くと、そこに潜んでいるものが、見えるようになるらしいのです。 これを「時のしるし」といい...
輝かしい光のありがたさをほんとうに身に染みて感じることができるために、光とは真反対の闇の体験を強調することがあります。「逆説」といいます。 神さまがほんとうに...
世にラグビーという名のスポーツがあります。ボールを用いるスポーツのほとんどが大小の差はありますが、丸いボールなのに、このスポーツだけは奇妙な形のボールにこだわ...
私たち大人の子供を見る目はどうしても、どちらかと言うと、"劣っている"という見方に傾きがちです。 その原因の主なものは、まだ知恵がついていないということのよう...
こんにちは。毎日交わすこの挨拶のことばに意味の詮索など無用なのかもしれません。挨拶のことばはそれだけで人々を繋ぎ、安らぎをあたえてくれるからです。 ただ、それ...
宗教の世界では聖なる場所とか聖なる雰囲気など、よく「聖」ということばを使うことがあります。 お寺とか神社の境内、大聖堂の中など、聖なる雰囲気が漂い、理屈抜きに...
人生の分岐点とは、人生を大きく方向転換させる分かれ目ということになりましょうか。実人生はそんなに劇的な転換点など滅多に訪れるものではなく、地道な積み重ねから成っ...
私の故郷は長崎県北部の草深い田舎ですが、さすがに「ウサギ追いしかの山、小鮒釣りしかの川」という唱歌の雰囲気ではありません。草深いとはいえ、それなりに開発が進み、...
人混みの雑踏の中にこよなき安らぎを覚えるという人も時にはいるようですが、夏ともなれば、休みともなれば、人々は海へ山へと向かいます。そこに理屈抜きの安らぎを味わう...
ぐうたらな自分の生き方を何か応援してくれるものはないか。こんな身勝手なことを考えていた時、ふと浮かんだことば。それが「あなたがたは世の光である」というみことばで...