2017年06月10日の心の糧


▲をクリックすると音声で聞こえます。

繰り返し

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ 同じことを繰り返し口にするようになると、認知症の兆候を疑われることにもなりかねません。

しかし、人生を一過性のものにしない方法もこの繰り返しにあるとも言えます。

早い話が、これまで何万回繰り返してきたことでしょう。日に三度の食事を。それは生きていくために必要なことで当然のことではないかと言われるでしょう。確かにそうですが、同じことを繰り返し口にするようになると、認知症を疑われます。しかし食べることを繰り返すことは命を養います。もしかして口でことばを食べることができればいのちがみなぎって来るかもしれません。

 

実は最近、いつの間にか聖書の一つのことばを繰り返し口にしたり、想い巡らしている自分に気付かされることがあります。

それはヨハネ福音書第8章に出てくる「わたしはある」ということばです。

十字架に掛けられてそこに「ある」ことだけしかできなくなったときに「わたしはある」ことがわかるというイエス・キリストのことばです。

わたしがいまここにあるということはなんの変哲もない普通のこととして受け止めています。しかし考えてみると、私たちはそこに「ある」ことだけ、すなわち寝たきりの状態からこの世のあゆみを始めたのでした。あの時その「あるだけ」は大変な実力を備えたものでした。

何もできないように見えて、赤ちゃんの100万ドルの笑顔は、その両親のみならず周りを完全に支配していたのでした。だれもあの笑顔に抵抗できる者はいなかったのです。

やがて人生のたそがれ時、また「あるだけ」、すなわち寝たきりの状態になるかもしれません。その時赤ちゃんの時のような実力を発揮できるだろうか。

そんな想いがこのことばの繰り返しを誘います。