2017年06月09日の心の糧


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繰り返し

小林 陽子

今日の心の糧イメージ 毎日、繰り返していること。

三度のごはん。部屋のお掃除、犬の散歩であったり・・・・あるいは学校への通学、また通勤、などなど。つまり生活、ですね。

そのむかし、リラダンというフランスの小説家が、「生活?そんなものは召使にまかせておけ」と、有名なせりふを吐きました。まだ、生意気な女子学生であったわたしは、「なんてカッコいい!」と思ったものですけれど、今やさすがに回心?しております。

山あり谷ありの人生すべて、ささいな日常のこまごましたことを粛々とはたしてゆくことの積み重ね。生活をすがすがしくととのえることは、善いことなのです、と悟ったのはなんと最近のことなのです。

あー、ほんとに恥ずかしい。といって生活のために生きているのでもないし。そこがむずかしいところですね。

アドレス帳に書き加えられた名前に、「ああ、ことしの新しい出会い」と思い、また亡くなったかたのお名前に十字架のしるしをつけて・・・・生まれては死んでゆく人の世の大きな大きな流れ。

連綿と繰り返されてゆく生き死にの、その流れのなかにいま、わたしがいる・・・・在ることのおどろき、これも奇跡、と不思議な感動にとらわれます。

さて、毎日おなじことの繰り返しでウンザリしませんか、って。もし、まったくおなじことの繰り返しならね・・・・・でも、そうではありません。

わたしたちの心もそう。風も空気も光も小鳥の声も、咲く花たちも一日としてじっと動かずに同じところにいることはありませんもの。

そうして究極の繰り返しとは、おそろしく当たり前のことですけれど、人が生まれ、死んでゆくことの繰り返しではないでしょうか。