2017年03月10日の心の糧


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自分らしく

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ 世に道ということばがあります。柔道などのスポーツの世界や、華道などの芸術の分野でもよく使われます。

道の世界は修行の場ですから厳しい訓練が要求されることは確かです。けれども、何でもいいからただ訓練しなさいというのではなく、そこにはおのずから基本というものがあり、これを身に付けることが求められます。

ではその基本とは何でしょう。どんな道にも要求されるもの、それは軸を不動のものとして据えるということだと思います。

特に武道においてはこの軸据え作業は必須のものとなります。なぜなら予期せぬあらゆる動きに瞬時に反応するためには、中心を外していてはそれを立て直すのに手間取り、とても対応できるものではないからです。

コマは軸が真ん中に正確に座っていると、揺るぎない回転を生むことができます。軸がぶれているとフラフラとふらついて静かな回転は得られません。コマが最高に回転するとき、コマが坐ったと言います。あたかも止まっているかのようです。止まっているようで最高に回転しているのです。こんな高度な動きは真ん中に軸が坐っていてはじめて得られることです。

 

かつて高槻城の城主で高山右近という人がいました。彼は、カトリック教会によって列福式が行われ、福者と宣言されました。

これは分かりやすく言えば、キリスト道をたぐいまれなレベルまで極めた者に送られる称号です。

戦国の世に、それこそ想定外のあらゆることが周囲に渦巻く中で、キリストを軸として据えていたので揺らぐことなく自在に動くことができたのです。

それはまた右近の真ん中、すなわち右近という人間の、他の誰でもない自分らしさの鮮やかな現れでもあったと言えるでしょう。