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始め善ければ ・・・

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

名作と呼ばれる小説の多くは、その冒頭の文章で人の心を強く掴むもののようである。例えば、川端康成の「雪国」の冒頭はこのような文で始まっている。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」

旅の列車と共に、読者が雪国に到着した瞬間である。冷気が厳しい。やがて信号所も雪に埋もれるのだろう。明りを灯し、列車は闇の中を進んで行く。

よき小説はよき一行から始まる。そして、よき始まりは小説に限らず、よき世界を造るものでもある。私たちもまた、よき始まりの一部なのだ。

中学生の時、親戚の家庭教師をしたことがあった。彼女は40代の女性で、或る資格を取ろうとしていたが、受験科目の中の英文法と英作文ができずに困っていた。実は英語がさっぱり分からなかったのだが、それを誰にも知られたくなく、1から習うのも屈辱だという訳で、中学生の子どもを利用したのである。難しい試験には受かりたい、しかし「教えられ」たくはないというプライドの高い大人相手に本当に困った。嫌々ながら、問題を一緒に解いたが、当然のことながら何も進歩はなく、彼女は機嫌を悪くするばかり。追い詰められて、私はやっと「始めた」。彼女のためにわかりやすい文法書を作り、英語の基本の文法を繰り返し繰り返し練習することにした。ほとんどケンカしながらの日々であったが、1年後、何とか彼女は合格したのである。ことさら感謝する風も見せなかったのが彼女らしかった。

彼女は希望の職に就き、私はなぜか英語の成績が飛躍的に上がって、新しい世界が広がった。2人の友情も「始まった」。