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旅立ち

服部 剛

今日の心の糧イメージ

私が卒業した小学校は明治時代に創立された、鎌倉市内でも有数の歴史のある小学校でした。4階の教室の窓からは、湘南の海に浮かぶ江ノ島が見えました。その教室で過ごした日々は大人になった今も尚、色あせない思い出となっています。

ある日の道徳の授業でのこと。いつもは穏やかな担任の先生が教室に入ってくると、無言のまま険しい表情で教壇の前に立ちました。その様子に気づいた児童達はしーんと静まり返りました。誰が相談したのか、精神的ハンディのあるN君への悪戯がクラスの中で起きていることについて、先生がひと呼吸置いてから、語り始めました。先生の思いは高まり、遂には憤った声に変わり、教室の沈黙は更に深まりました。恐る恐る先生の顔を見ると...その頬には、涙が伝っていました。

その日から、N君への悪戯はなくなりました。

それだけではなく、小児麻痺の為、いつも車椅子で母親と登下校するU君に関わり、手伝うクラスメートが増えていきました。

U君は毎日、放課後になると歩行器に掴まり、夕陽の射す廊下をゆっくり歩く練習をしていました。やがて卒業式の日。卒業証書授与の時、担任の先生がU君の名前を呼ぶと、「はい!」という返事は体育館内に響き渡り、車椅子から立ち上がったU君が慎重に歩みを進め、その姿を全校生徒がじっと見守りました。校長先生の前に辿り着き、両手で卒業証書を受け取った瞬間、体育館は無数の拍手に包まれました。U君のお母さんはハンカチで目頭を押さえていました。

あの頃から30年の年月は流れ、クラスの仲間達はそれぞれの人生を今日も歩んでいます。そして、これからも、先生が道徳の授業で語ったあの思いを、私達が忘れることはないでしょう。