▲をクリックすると音声で聞こえます。

クリスマスに学ぶ

今井 美沙子

今日の心の糧イメージ

ヨゼフさまは一体いつ頃から、ご懐妊されたマリアさまのお腹の赤ちゃんが神さまの御子だと自覚されたのだろうかと考えてみることがある。

マタイの1章20節に「妻マリアを家に迎え入れるのを恐れるな。その胎内に宿されているものは、聖霊によるのである。」と書かれている。

ヨゼフさまとて人間だから、一度は疑念を抱いたかもしれない。が、だんだんとマリアさまのお腹の赤ちゃんは聖なる御子だと思えるようになって、この母子を命をかけて守らなければならないと決心された。

その決心がゆるぎのないものとしてヨゼフさまの心身を貫いたのが、イエズスさまご誕生のときではなかったかと私は推察する。

ご誕生になったイエズスさまを、ヨゼフさまは肉眼とともに、心眼でご覧になったと思われる。きっとご誕生の瞬間から、イエズスさまの御姿は神々しかったにちがいない。

人間のヨゼフさまが、神さまの御子であるイエズスさまに接し、その神々しさに打たれ、恐れを抱いたかもしれないと思う。

ヨゼフさまは自分が選ばれた人となったことを、ご誕生の瞬間から強く感じられ、自分の一生をかけてこの聖母子のために尽くさなければと、肝に命じたのだと思う。

聖書にはヨゼフさまの記述は少ない。

少ないからこそ、私はいろいろと想像する。

ヨゼフさまはマリアさまよりうんと年上であったらしい。だからこそ、うんうんとすべてを受け入れ、終生変わらぬ心やさしい保護者であった。イエズスさまご誕生後、夢で天からの警告を受けて、ヘロデ王の手から逃れるために、聖母子を連れてエジプトへ行き、ヘロデ王亡きあと、イスラエルに戻って来た。その後、ガリラヤに引き、ナザレに落ち着かれた。めまぐるしいご苦労を支えたのは、ヨゼフさまの心眼だったと思えるのである。