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おおらかに

小林 陽子

今日の心の糧イメージ

あるところに、まだ幼な顔のぬけないひとりの女学生がおりました。今でいうなら中学1、2年生位でしょうか。

この少女の育ち方は少々変わっていました。田舎の大きなお寺に生まれましたが、お坊さんの父は布教にとび廻って忙しく、その留守を守る母も寝る間を惜しんで働いていましたから、この女の子はほとんどひとりで過ごし、育ったらしいのです。

祖父の住職さんが不憫に思い、可愛がっておられたそうですが、まことにおっとりと、彼女は草がひとりでに生え、ひとりでに花咲くように伸びて大きくなりました。

そんな女の子もやがて小学校に上がりますが、この自然児は団体生活などにはまったく不向きで、帰りたくなると家に帰り、宿題なぞどこ吹く風。叱られてもビックリしているだけ。

今でしたら、すわ、問題児と大騒ぎになるでしょうが、時ははるか昔の大正時代、ちょっと変わった子だけれど邪魔にはならないし、ま、いいか、と大目にみられていたのです。家族の誰も、彼女の成績や先生の評価を気にする人はおりませんでした。

ある日、この少女は親戚の叔母さんから少し時代がかった髪型の「稚児髷」を結ってもらったまま学校に行ったので、教室中のクラスメートからさんざんからかわれたのでした。

「アラ、何か変な物が頭についてるよ、ふふふ・・」などと。

とうとう担任の先生が見かねて彼女を教員室に呼びました。

「あなた、みんながあなたをバカにして笑っているのになんともないの?」と、この生徒の髷を解いてやりながら言いました。心優しい先生でした。するとこの少女は、まじまじと先生の眸をみつめてこう言ったというのです。

「だれもわたしを、馬鹿には出来ません!」

うーむ、達人の出現だ・・・と、教員室の先生方は唸ったそうです。