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新しいいのち

越前 喜六 神父

今日の心の糧イメージ

キリスト教徒にとって、「新しいいのち」という言葉を聞けば誰でも、イエスがニコデモというユダヤ人の議員におっしゃった、「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」という言葉を思い出すにちがいありません。(ヨハネ3・3)

これは、もう一度母親の胎内に入って生まれることではなく、「水と霊」とによって生まれる洗礼のことを意味しています。この場合の「霊」というのは、神の聖なる霊のことを指しています。こう言っても、クリスチャンでない方には理解しにくいかもしれませんが私は神父ですから、聖書の言葉を素直に引用したにすぎません。

私の個人的な考え方の中には、神さまはすべての人を新しい永遠のいのちに招いておられるはずだから、道歌にも「わけ登る麓の道は多けれど、同じ高嶺の月を見るかな」という句があるように、人には無限に多様な道が用意されていると思っています。

ただ、人は皆、自由ですから、神の道を選ぶか、この世の栄華を選ぶのか、愛することを選ぶのか、憎しみを選ぶのかなど、毎日の生活の中で、多くの選択をしています。

私は、生ける神を信じて生活するのが、私自身の安心立命でもあるので、この生き方、この道が、新しいいのちの開花・成長につながっていると確信しています。だから、洗礼を受けたのですが、その後は、一言ではいえないほどの恵み、平安、慰め、喜び、愛を経験してきました。聞き手の皆さんも、たとえば近くの教会などを訪ねて、聖書などを繙かれたらいかがでしょうか。

仮に、今の生き方に満足し、愛と平和と喜びを感じておられるのなら、それがまさしく「新しいいのち」を生きていることになるのではないでしょうか。