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天の国の鑑

黒岩 英臣

今日の心の糧イメージ

「鏡よ、かがみ、世界で一番美しいのはだーれ?!」いやー、何十年ぶりかでこの言葉を思い出しました。白雪姫に出てくるまま母のせりふですよね。

かがみと言えば私達はまず、化粧とか洗面、また姿見などに使う鏡を思い浮かべるだろうと思います。

しかし、今回のテーマ、天の国の鑑という場合のかがみは、もうちょっと難しい字でして、かね偏の右側にごちゃごちゃっとした旁があるほうなのです。

ん?何だろ、これ・・。私は虫めがねを持ってきてのぞいてみました。すると、あー、あれね、旁の左上部に私の名前の最後の字である臣が、小さく小さく入っているではありませんか。そのせいか、手鏡とかの鏡より、一層重みを増しているようですが、意味はいまいちはっきりとはわかりません。

私はしばらく頭を抱えていましたが、大図鑑とか印鑑、鑑定書などのカンだと分かりました。

それに、教育者の鑑とか、武士の鑑とか、確かに言いますからね。そうすると、キリスト者の鑑と言うべき人たちも、いるに違いありません。聖なる人、聖人がそれにあたるでしょう。

聖なる人は、無限の天の国を自分の存在に写し出すほど、巨大だったり、偉そうにしている訳ではありません。そうではなく、むしろ、謙遜で小さな自分を、そのまま、神様に委ねてしまう人なのです。すると、天の国も不思議なことに、無限に大きいにもかかわらず、このたった一人の聖人に映し出されるのです。

主キリストの福音に耳を傾けると、天の国は、ほら、そこに、とか、あそこに、といった様で来るのではない、天の国は目に見られるものとして来るのではなく、実にあなた達の間にある、と仰っておられます。(参:ルカ17・20〜21)

私達を導く信仰、これこそまさに天の国の鑑ではありませんか。