▲をクリックすると音声で聞こえます。

迷い

福田 勤 神父

今日の心の糧イメージ

高校生時代、考古学の専門家達と一緒に、貝塚がある古墳を発掘した思い出があります。その発掘作業の合間に、近くにあった洞窟を友人と一緒に探索し、道に迷ったことがありました。

松明代わりに丸めた新聞紙を手にして洞窟に入ったのですが、途中で燃え尽きてしまい、暗闇の中に閉じ込められてしまいました。パニックになった2人が闇雲に歩き回り、前方に微かな光が見えた時の嬉しさ。ところが、やっと辿り着いた出口は、小さな岩石で埋まっていました。てっきり誰かが出口を塞いだと思い込み、暗闇の恐怖と、閉じ込められた恐怖とで、パニックの極限状態に陥った2人は、両手を血だらけにして、やっと顔を洞窟の外に出し、又、吃驚。そこは断崖絶壁でした。

古代人の掘った洞窟か、それを利用した戦時中の防空壕かだったのでしょうか。その断崖の右手の緑の丘に見えた友人達に助けを求め、暗闇の道を5メートル程戻った左手に、最初に入った道へ通じる洞窟がありました。なんとも他愛無い小さな体験でしたが、あの時の恐怖感と絶望感は、今も鮮明に覚えています。

そのせいか、人生の道に迷いそうになった時も、病気で生死の境をさ迷った時も、何処かに必ず光が見え、進む道があると信じられるようになりました。そんな時、ふと心に浮かんでくる聖書の言葉。「善い羊飼いは、99頭の羊を残して、迷った1頭の羊を探しに行く」(マタイ18・10〜14)

「私は道であり、真理であり、命である。」(ヨハネ14・6)

聖書は今も尚、世界一のロングセラーとして、多くの人に読み継がれている本です。聖書の言葉は、いろいろな意味で、現代も尚、鮮烈に人々の心に響くからだと思います。