第46課 天に宝を(マタイ 6・19~21)

 イエズス様は山上の説教で「主の祈り」を教えられた時、主に霊的な恵みを頼み、日常生活のためには、贅沢な物ではなく、幸せな生活を送るために必要なものだけを祈るようにと、弟子たちにお勧めになりました。

 また、このことを強調するために次の言葉をつけ加えられました。「あなたがたは自分のために地上に宝を積んではならない。そこでは、虫が食い、さびがつき、泥棒が忍び込んで盗み出す。あなたがたは自分のために、天に宝を積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さびがつくことも、泥棒が忍び込んで盗み出すこともない。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからである」

 現代人の私たちが特に注意すべきことだと思います。物質的な財産を集めることは何よりも大事なことだと思われていますが、そういったものは皆、無くなるものばかりです。イエズス様がおっしゃったように、そのような物は盗まれることもあり、くさることもあります。たとえば、新しい電気製品や自動車などを買っても、時間が経つと古くなり、あまり働かなくなります。また、土地やダイヤモンドのようなものでも、長く保つことはできても、永遠に保てるものではありません。死ぬ時には、この世の中のすべての財産を失ってしまいます。

 しかし、善行をすることによって与えられる霊的な宝物は違うのです。誰もそれを盗むことはできませんし、古くなってもくさることはありません。また、死んだ時にも、霊的な財産は失われることがなく、それは永遠に保たれ、永遠の喜びのもとになります。イエズス様がおっしゃったように、そういったものは天国に積まれているからです。

(つづく)