第35課 キリスト教的徳

「あなたたちは世の光である。
このように、あなたたちも、人の前で光を輝かしなさい。そうすれば、人はあなたたちのよい行ないを見て、天においでになる御父をあがめるであろう」 
キリストのみことば
(マテオ5の14-16)

キリストの教えを実行するためには何が必要ですか。
キリストの教えを実行するためには、まずなによりも信仰、希望、
愛の超自然徳が必要です。

 カトリック信者としてキリストの教えに基づいた生活をするためには、罪を避けるだけでなく、積極的に徳を修めるように努めなければなりません。

 徳とは善を行ない悪を避ける習慣であり、それは自然徳と超自然徳の2つに分けられます。自然徳は人の天性、環境または教育などによって備わっているもので、これによって人は自然的善を行ないます。これに反して超自然徳は神によって与えられる徳で、人はこれによって超自然の善を行なうことができます。カトリック信者は洗礼をうけるとき、成聖の恩恵といっしょに初めてこの超自然徳をうけますが、勤勉な生活によってこれを育てるなら、ますます高く進んで神に近づくことができるのです。

 超自然的徳、すなわちキリスト教的徳は、その行ないの目的によって対神徳と超自然的倫理徳に分けられます。対神徳は神を直接の目的とする信仰、希望、愛の3つの徳であり、超自然的倫理徳は、キリスト教的生活を直接の目的としています。

 信仰の徳によって、カトリック信者は神を信じるだけでなく、キリストが誤りのないものとしてカトリック教会を樹立なさったこと、またその教えを真理としてことごとく信じます。

 希望の徳を持っている人は、神の御助けを絶対に信頼し、永遠の生命を得るために必要な恩恵を受けることを確信し、それを望みます。

 愛の徳によって、何ものにもまして神を愛し、み旨にかなうために人をも自分のように愛し、神に自分のすべてをささげます。

 超自然的倫理徳によって、カトリック信者として生活していく上の基となるものが与えられているのですから、これを実際の生活で行ないとして表さなければなりません。この徳はたくさんありますが、おもなものは、賢明、正義、剛き、節制、忍耐、けんそんなどです。中でも、賢明、正義、剛き、節制の4つは倫理徳のもとですから、これらを養い育てるのは特にたいせつなことです。また、この4つは扇のかなめのように他の徳の源となるものですから、枢要徳と呼ばれています。

 超自然的に賢明な人は人生の真の目的に従った生活をするためによく考え、それを実行する一番よい手段をきめることができます。

 正義によって人は自分の正しい決心を実行し、人間としての義務を全うするのです。

 剛きのある人は、義務に対する妨げのあるときに、勇気をもって妨害に打ち勝ち義務を果たします。

 節制によって人は自分の欲望が正しい生活の妨げにならないように押え、清い生活を送ることができます。

 これらの徳はいずれもたいせつですが、中でも愛の徳が最も重要です。「愛さない者は神を知らない。神は愛だからである」(ヨハネ1書4の8)と聖書の中にものべられているように、愛はキリスト教的生活の基となるものだからです。

(つづく)