第31課 第1、2、3戒

「私の家は、すべての民の祈りの家と
いわれるだろう」
(マルコ11の17)

第1戒「われはなんじの主なる神なり、われのほか、何者をも神となすべからず」

 愛のおきてを守るには、まず第一に神を礼拝しなければなりません。神に対するまことの礼拝はまず心の中に生まれますが、そのうえ神に与えられたすべての力を、神のために尽くすのでなければじゅうぶんに礼拝しているとは言えません。したがって、カトリック信者は言葉に表わして祈り、神に対する愛の心で毎日のつとめを勤勉に果たし、自分の生活をすべて礼拝として神にささげ、教会の典礼にあずかります。

  第1戒では汚聖の罪と迷信が禁じられています。汚聖の罪とは神に関する人、物、または場所を汚すことであり、迷信とは神または被造物に対する誤った信心です。被造物を神であるかのように思う偶像崇拝が神に対する信心に反するのはもちろんですが、道理に合わぬ方法で神を礼拝することも罪になります。

 またカトリック信者は、カトリック教会を神がお定めになった唯一の教会であると確信するので、神を正しく礼拝するためにカトリック教会の礼拝だけにあずかります。したがって、結婚、葬式などの場合に礼儀として他の宗教の礼拝所に入るのはさしつかえありませんが、そこに参拝し、金品を納め、または礼拝の目的でその儀式にあずかることは禁じられます。

 カトリック信者はこのおきてに従って、神のみを礼拝するのですが、天使や聖人を、神と一致しているものとして尊敬し、その聖像、聖画、遺物を崇敬し、そのとりつぎによって神の恵みを願います。

第2戒「なんじ、神の名をみだりに呼ぶなかれ」

 神はこのおきてをもって、ご自分、そのみ教え、または教会をののしることをお禁じになります。

 また、人、たとえば修道者が神のみ名によって願を立てる場合には、それを守らなければ、このおきてにそむく罪を犯すことになります。

第3戒「なんじ、安息日を聖とすべきことを覚ゆべし」

 神は第1戒によって生活のすべてを神にささげることをお命じになりましたが、そのうえ、このおきてによって世間的な働きのために信心が冷えないように、週に一日、世間的な務めを休んで神のことを考えて礼拝し、その日を神のための日とすることをお命じになります。したがって、カトリック信者は日曜日にはおもにからだを使ってする仕事を休み、ミサ聖祭にあずかります。正当な理由がないのにこれを怠ると罪になります。なお、日曜日を安息日と定めたのは、キリストの復活と聖霊降臨の記念日が日曜にあたるためです。

 日曜日は一週間の初めの日であり、カトリック信者はミサ聖祭にあずかり、新しい週のすべての考え、言葉、行ない、喜び、悲しみをキリストとともに神にささげます。そしてこの一週間、信者として正しい生活を送ることができるように神の御助けを祈ります。

(つづく)