第30課 愛の掟と神の十戒

「あなたは、すべての心と、すべての霊と、すべての精神と、すべての力を集めて、神なる主を愛せよ。 また・・・隣人を自分と同じように愛せよ」
 キリストのみことば
(マルコ12の30-31)

愛の徳とは何ですか。
愛の徳とは、超自然徳であって、これによって人は神を何ものにもまして愛し、
神のために人をも自分のように愛します。

 カトリック信者は、洗礼によって罪のゆるしや成聖の恩恵を受けて神と一致するのですが、さらに、魂の救いを得るために、この地上に生きている間、神を愛する心からそのおきてを守り、神の子としての生活を送らなければなりません。

 あるとき、ひとりの律法学士がキリストに「律法のうち、どのおきてがいちばんたいせつですか」とたずねました。するとキリストは「心をつくし、霊魂をつくし、精神をつくして、主なる神を愛せよ。これが第一の、最大のおきてである。第二のも、これと似ている。隣人を自分と同じように愛せよ」とお答えになりました。(マテオ22の35-40)

 このみ言葉のように、カトリック信者は自分の生活のすべてを神に対する愛の生活と考え、み旨にかなうようにいつも力を尽くします。また、他のどんなことよりもまず神を愛するところから、罪を犯して神にそむくよりはむしろすべてを捨てる覚悟をもって生活を送ります。

 そして、神に対するこのような愛の生活に基づいて自分を正しく愛するのです。それは、神に対する愛によって永遠の幸福を得ることができるからです。人がこの世での幸福な生活を求めるのは当然のことですが、目先の楽しみにかられ、神の愛にそむいて罪を犯せば、自分の霊魂に損害を与えることになり、自分を正しく愛しているとは言えません。また、この愛のおきてに従い、神を愛するならば、すべての人を「自分と同じように」愛さなければなりません。それは、人はみな神の子供だからです。従って、自分に害を与えるような人でさえも兄弟だと考え、その人たちの幸福、特に永遠のたすかりのために努めるのです。

 神は、私たちの心の中にある良心の声を通じてご自分のお考えをお教えになりますから、その良心に従った生活を送れば、神に対する愛を実行することができます。しかし、神はそのみ旨をもっとはっきりと示すために、シナイ山の上で、モーセにお現われになり、十カ条のおきてをおさずけになりました。

 その十戒は次のとおりです。第1われはなんじの主なる神なり、われのほか、何者をも神となすべからず。第2なんじ、神の名をみだりに呼ぶなかれ。第3なんじ、安息日を聖とすべきことを覚ゆべし。第4なんじ、父母を敬うべし。第5なんじ、殺すなかれ。第6なんじ、かんいんするなかれ。第7なんじ、盗むなかれ。第8なんじ、偽証するなかれ。第9なんじ、ひとの妻を望むなかれ。第10なんじ、ひとの持ち物をみだりに望むなかれ。

(つづく)