第23課 洗 礼

「水と霊とによって生まれない人は、
天の国には入れない」 
キリストのみことば
 (ヨハネ3の5)

洗礼とは何ですか。
洗礼とは、人が神の子として新たに生まれる秘跡です。

洗礼は救いを得るのに必要ですか。
イエズス・キリストのお定めにより、洗礼は、救いを得るのに必要です。

 イエズス・キリストは人の罪をゆるし、成聖の恩恵を与えるために洗礼の秘跡をお定めになりました。それゆえに人がカトリック信者となるためには、洗礼の秘跡を受けなければなりません。

 この秘跡の第一の効果は、罪をゆるすことです。司祭は洗礼の秘跡を授ける時、受洗者の額の上に水を少し注ぎますが、これは洗礼によってすべての罪がゆるされ、霊魂が全くきれいになることをあらわすものです。

 また、水を注ぎながら、司祭は「わたしは父と子と聖霊の御名によって、あなたに洗礼を授けます」と言います。受洗者はこれによって成聖の恩恵が与えられ、神のご生命にあずかります。これが洗礼の第二の効果で、受洗者は洗礼によって新しく生まれ、超自然の生命を受けて神の愛子となり、天国に入る権利を得るわけです。この新たな生命は教会を通じて与えられますから、受洗者はキリストの教会の一員になります。したがって教会は、本人にとって母のようなものであり、信者は子供として教会の霊的指導に従わなければなりません。

 キリストは成聖の恩恵を与える方法として洗礼をお定めになりましたから、救いを得るためには洗礼を受けることが必要です。これを知りながら洗礼をこばむ人は、全く救われません。イエズスは「人は水と霊とから新たに生まれなければ、神の国に入ることはできない」(ヨハネ3の5)とおのべになっています。ですから、このお定めを知っている人は心の準備をして早く洗礼を受けるべきです。

 しかし、もし洗礼を受ける決心をした人が、それを受ける前に死んだとしても、その人は洗礼を受けることを望んでいたのですから、罪のゆるしと成聖の恩恵が与えられます。また、キリストのみ教えを知らないために洗礼をはっきり望むことができない人たちでも、たすかりのために必要なことは何でも守りたいという心がまえを持って生活していれば、実際に神のために生活しているわけですから救われます。

 成人した人はキリストのみ教えをじゅうぶんに研究し、それを信じ、罪を痛悔して洗礼を受けますが、この秘跡は救いを得るために非常にたいせつですから、信者は自分の子供に一日も早く洗礼を受けさせなければなりません。また、本人が死にかけていてあまり勉強ができない場合には、み教えの重要な点だけを理解して信じれば、洗礼を受けることができます。洗礼は司祭が授けるのが普通ですが、必要な場合にはだれでも授けることができます。

 なお、洗礼の際につける霊名はその聖人のご保護を願い、その模範に従ってキリスト教的生活と完徳に励むためです。また、代父や代母になる人は、受洗者が神のみ前でする約束の保証人になり、その約束を守らせる務めがあります。

(つづく)