第4課 神の創造と進化論

「イエズスは、失望せずにいつも祈れとかれらにお教えになった」 
(ルカ18の1)

祈りとはどういうことですか。
祈りとは神を礼拝し、神のご恩に感謝し、罪のゆるしを願い、恵みを
請い求めるために心を神に上げて、神と語りあうことです。

 祈りは心の中に始まります。信仰の生活を送るために毎日、神との関係を思い出して心の中で祈るべきです。また、時として心の中の考えをあらわして言葉をもって祈ります。

 祈りには4つの種類つまり、礼拝、感謝、痛悔、願いの祈りがあります。

 礼拝の祈りを唱える時に、神の無限な完全性を敬い、神に対する子どもとしての愛をあらわします。

 感謝の祈りを唱える時、自分が持っているものは一切、神から与えられた恵みであることを思い出して、心から神に感謝します。

 痛悔の祈りを唱える時、正直に自分が神に対して犯した罪を認め、けんそんな心をもって罪のゆるしを求めます。

 願いの祈りを唱える時、私たちの慈悲深い父として神に向かって人生のために必要な恵み、あるいは、ほしい恵みを頼みます。

 祈る時は、神に対して絶対的な信頼を持つべきです。しかし、それと同時に、すべての祈りの返事を神のみ旨にまかせなければなりません。私たちが頼んでいるものが、私たちの本当のしあわせになるかどうかということは、私たちにはわかりません。しかし神はご存じです。本当のお父様として神は私たちの祈りをお聞きになり、私たちの将来の本当のしあわせを考えて私たちの祈りにおこたえになります。そのために、時として、私たちが頼んでいるものをおことわりになり、もっとすばらしい恵みをお与えになります。このことを考えて、条件づきで願いの祈りを唱えるべきです。”このことがほしいのですが、この恵みを受けないほうがいいなら、その代わりにあなたがいいと思う恵みを下さい”という心をもって、神に祈るべきです。どうしても祈らなければならないのは、ただ1つだけです。それは神のみ旨にかなうことです。

 カトリック信者は礼拝と痛悔の祈りを神だけに捧げます。しかし時として天使と聖人、特に聖母マリアに向かってその取りつぎを願い、その取りつぎによって与えられた恵みを感謝します。

 時としてカトリック信者は一人で私的に祈ります。特に朝起きる時と夜寝る前に、神に向かって一人で祈るべきです。朝起きる時に、これから始まる1日のすべての思い、言葉、おこない、喜び、そして苦しみを神に捧げ、この1日、信者としての正しい生活を送ることができるよう、恵みを頼みます。夜寝る前には、この1日、神から与えられた恵みを感謝し、また、この1日、神に対して犯した罪を痛悔します。それから自分の心を神の心と合わせて眠ります。

 個人的に祈る時には、子どもがお父さんと親しく話すような気持ちを持って祈ります。しかし時として、特にミサ聖祭にあずかる時には信者は神の家族として集まり公に祈ります。信者としての生活を送るために、個人的な祈りと公の祈りが必要です。

(つづく)