第18課 神の恩恵

「私の名によって2、3人が集るところには、私もまたそこにいる」
キリストのみことば
(マテオ18の20)

神の恩恵とは何ですか。
神の恩恵とは、神が人の救いのために、主イエズス・キリストの
いさおしによってお与えになる超自然の恵みです。 

 ある時、イエズスはでしたちに「私を愛する人は私の言葉を守るだろう。また、私の父もその人を愛される、そして私たちはその人のところに行って、そこに住むだろう」とおっしゃいました(ヨハネ14の23)

 これこそ、人の霊魂のうちに神ご自身がお宿りになり、夜も昼も完全に神と一致して生活し、活動するという、人間の望みうる最もすぐれた完全さの境地であります。このような状態にあって生きる人は、やがて死ぬときが訪れても、強い信頼の気持を持ち、また喜びに満たされて死を迎えることができるのです。自分の心の中に神をいだき、神との一致に生き、神の生命にあずかるこの恵みを「成聖の恩恵」といいます。これは人間として自然にそなわっているものではなく、神が私たちに与えて下さるあらゆる自然のたまものよりも、はるかにすぐれ、それ以上のものとして私たちに与えてくださる、限りない愛のあらわれなのであります。そのためにこれは「超自然の恵み」と言われます。

 私たちにはこのような恵みを自分の方から期待する権利はなく、また自分だけの力でそれに値する働きは何もできません。しかしイエズス・キリストを信じ、その教えに従って生活を送り、そしてキリストがお定めになった洗礼をうければ、イエズス.キリストの功徳によって、「成聖の恩恵」を受けることができます。

 「成聖の恩恵」を受けることによって、人は霊的に新たに生まれ変わって神の愛子となり、天国の永遠のしあわせに入る資格を受けます。また神の恩恵には、上に説明した「成聖の恩恵」のほかに「助力の恩恵」と呼ばれるものがあります。

 「成聖の恩恵」によって、神は私たちのうちに実際にお宿りになって、私たちを神ご自身の生命にあずからせる(一致させる)恵みをお与えになります。

 一方「助力の恩恵」によって、神は、私たちがイエズスの霊的な教えを理解することができるように、私たちの心を照らし、誘惑をしりぞけて、神の子にふさわしく清らかな生活を送れるように私たちの意志を強めてくださいます。「助力の恩恵」は、まだイエズスを信じていない人も含めて、すべての人に与えられます。神はすべての人にこれを与えて、その人たちが正しいことと悪いこととを判断し、悪をさけ、善を行うようにお導きになります。

 神がお与えになるこの霊的な恵みに力を合わせ、正しい生活を送ろうと全力を尽くす人は「成聖の恩恵」の状態に達し、天国で神と永遠に一致する(結ばれる)ことができます。しかし、神の恵みを受け入れようとせず、誘惑にまかせて罪の生活を送る人は、その結果として、神から、そして神との一致によって得られるすべての幸福から、自分をひきはなしてしまうことになります。

(つづく)