第16課 三位一体

「あなたたちは諸国に弟子をつくりにいき、父と子と聖霊との御名によって洗礼をさずけなさい」
キリストのみことば
(マテオ28の19)

イエズス・キリストは神について何を啓示なさいましたか。
イエズス・キリストは、神がただ御一体でありながら、そのうちに}
「御父」と「御子」と「聖霊」との三つのペルソナがあるということを
啓示なさいました。

 神は無限な御者でありますから、もちろんただ御一体でありますが、イエズスは三つの方法で神についてお話しになりました。

 まずお祈りのときにイエズスはいつも「父よ」と神にあいさつなさいました。また、いつもご自分を「神の子」と言われ、おなくなりになる前に「私と父とは一つである」と言って、はっきりとご自分が神であることをお教えになりました。

 なお、イエズスは、ご自分がご昇天になったのち、神が霊的にでしの上におくだりになることを約束され、そのとき、神を「聖霊」とお呼びになりました。そして、最後にでしたちにお話しになったとき、神の御名によって人々の霊魂をきよめるようにご命令になり「父と子と聖霊との御名によって洗礼を授けよ」とおっしゃったのであります。(マテオ28の19)

 このイエズスのみ教えによりますと、神の本性は唯一ですが、三つの位格(ペルソナ)がその唯一の本性をそなえておいでになります。すなわち、神学的に言うと、神はただご一体であっても、三つのペルソナがあるのであります。このみ教えを三位一体の奥義と言います。

 このみ教えは完全な神の内的生命に関したことですから、私たち人間の不完全な知恵でこの理屈を悟ることはできませんが、人の霊魂の生命について少し考えると、三位一体の奥義が矛盾でないことを理解し、また、それによって信仰の理解を助けることができます。すなわち、人の霊魂は唯一ですが、人はそれをもってまず霊的に存在し、つぎに考え、また愛するのであります。それと同じく、神は永遠から完全な霊として存在され、また永遠からご自分の存在を意識され、それによって永遠な、また無限な考えと愛が出るのであります。

 カトリック神学者はこれを考えて、神の第一のペルソナ、すなわち、イエズスがおっしゃった御父なる神を、あとのペルソナの源、御子を神の考えによって霊的に御父から生まれるペルソナ、なお、聖霊を神の愛によって御父と御子からいでたもうペルソナと認めるのであります。

 カトリック信者は、いつも祈りの前と祈りのあとで十字架の印をし三位一体と救霊の神秘への信仰をあらわします。十字架の印をする時に、右の手を額にあて、これを胸までおろし、次にその手を左の肩から右の肩までひきます。こういうふうに手をもって十字架の印をしながら、「父と子と聖霊との御名によりて。アーメン」と唱えます。つまり、キリストの十字架上の犠牲を思い出しながら、唯一の天地万物の創造主なる三位一体の神の御名によって祈ります。

(つづく)