第13課 キリストのご受難とご死去

「カルワリオという所につくと、イエズスを、
十字架につけ、悪人の一人をその右に、一人をその左につけた。イエズスは、
“父よ、かれらをおゆるし下さい。かれらは何をしているかを知らないからです。”とおおせられた」
(ルカ23の33~34)

イエズス・キリストはなぜ苦しみと十字架の死をあまんじてお受けになりましたか。
イエズス・キリストが、苦しみと十字架の死をあまんじてお受けになったのは、愛の
心から 御父に対する従順を全うし、人々の罪をあがない、かれらに罪のゆるしを与え、
永遠の生命をもたらすためでした。

 キリストがイスラエルの各地をめぐって教えをのべている間に、キリストを信じる人はずいぶん多くなりましたが、一部の人々特にイスラエルの宗教的指導者であるファリザイ人はイエズスの名声をねたみ、あらゆる機会をねらってかれをおとしいれようと、反対を続けました。そして、キリストの公生活の3年目の終りごろに、群衆がキリストを自分たちの王にしようとしたとき、ファリザイ人のねたみはその極に達し、ついにキリストを殺してしまおうと決心するまでになりました。

 キリストが最後にエルサレムに入った週の木曜日の晩、かれらは使徒のひとりで裏切者になったユダの手引きで、数人のでしと共にゲッセマニの園で祈っていたキリストを捕えて、裁判を開きました。(マテオ26の57~68)

 裁判が始まると数々の偽証が述べられましたが、最後にひとりの証人が、キリストは自分が神の子であると言ったと告げました。これを聞いた裁判官はキリストに向かい、「私はいきる神によってあなたに厳命する、答えてくれ、あなたはキリスト、神の子なのか?」とたずねました。するとキリストは、「そのとおりである」と答えました。

 そのために裁判官は、イスラエルの律法に従ってキリストに死の宣告を下しました。

 しかし、ファリザイ人の法廷は、死刑の判決を下しても、その執行にはローマ皇帝の代理者ポンテオ・ピラトの許可が必要でした。そこで翌朝早く、キリストをピラトの官邸にひきたててその許可を求めました。ピラトはキリストに何の罪もなく、ファリザイ人のねたみのためであることを承知していましたが、ファリザイ人の権力におそれをなし、不正にもかれらの望みをいれて死刑の執行を認め、イエズスを兵士にわたしました。兵士たちはまずキリストをむち打ち、はずかしめ、その頭にいばらの冠をかぶせたりして苦しめました。そして、カルワリオの丘の頂上まで十字架をになわせ、イエズスの手足を釘で十字架に打ちつけ、ふたりの盗賊と共に殺してしまいました。

 イエズスは金曜日の朝9時から3時まで十字架におかかりになり、特にご自分の反対者のために祈られ、人々の罪を償うために、ご自分の生命を御父にささげておなくなりになりました。その時・・・午後3時ごろ・・・太陽はにわかに暗み、エルサレムの神殿の幕は二つにさけ、地はふるい岩はさけ、墓はひらけて死人がよみがえるなどのことがありました。

 キリストは神でありますから、どんな方法でも全人類を救うことがおできになりました。しかし、人々に罪の醜さや救霊のねうち、またご自分のわたくしたちに対する愛を表わすために、罪の償いとして、十字架上の死を選び、ひどい苦しみをあまんじて耐えしのばれました。こういうところから、カトリック信者は、十字架を救霊の源、またイエズスの無限な愛の印として敬い愛するのであります。

(つづく)