第12課 キリストの公生活

「イエズスは、おびただしい群衆を見、
牧者のない羊のようなその人々を
あわれみ、長時間教えはじめられた」
(マルコ6の34)

イエズス・キリストはご自分について何をお教えになりましたか。
イエズス・キリストは、ご自分が神のひとり子であり、御父と
一体の神であることをお教えになりました。

 キリストは30才になったときヨルダン川で洗者ヨハネから洗礼を受け、荒野で40日の間、祈りと断食による準備の後、公生活をお始めになりました。まず12み教えをおのべになりました。

 キリストは、公生活の間に特に2つのことを強調なさいました。第一は神はあらゆる人々の父であり、人はみな兄弟であるから、すべての人を、たとえ自分の敵であっても、お互いに兄弟として愛さねばなぬということです。第二は、ご自分が神の本性をそなえ、全人類の救い主として地上に降った神のひとり子であり、ご自分によって人々が罪のゆるしを得、神ご自身の生命にあずかることができるということです。このみ教えはあらゆるまことの幸福と平和、また永遠の救いの唯一の源であり、これをイエズスの福音、すなわち「幸いなるおとずれ」と申します。

 なお、キリストは教えるだけでなく、身をもって完全な愛の生活の模範をお示しになりました。また、多くの奇跡、つまり自然のちからではできない行いによって、全能の神として超自然的な力があることを証明なさいました。たとえば、ある結婚の祝いの席でぶどう酒が足りなくなったのを見て、かめに満たした水をぶどう酒に変え、また話を聞きに集まった群衆に食物がないのを知って、わずかのパンと魚を、ある時は4000人が、またある時は5000人が満足するほどにおふやしになりました。そのほかにハンセン病を患っている人、目の見えない人や耳の聞こえない人などをひと言でなおし、死人をよみがえらせるなどの奇跡を行われました。

 イスラエル人は、はじめのうちはキリストを信じませんでしたが、その愛の教えを聞き、その立派な生活を見て、次第にキリストを尊敬するようになり、また数々の奇跡を見て多くの人たちがかれを信じるようになりました。そして、のちには、かれをイスラエルの国の王にしようとしましたが、世間的な王になるのがその使命ではないので、キリストは人々の前から姿をおかくしになりました。そしてその後、はっきりとその霊的使命を説明し、ご自分がイスラエル人のために十字架の上で殺され、3日目に復活し、父なる神のもとに帰り、そして、でしたちを世の終りまで強め、永遠の霊的王国へ導くために聖霊をつかわすことを約束なさいました。

 カトリック教会は、特にキリストの奇跡を見て、かれが父なる神からつかわされたことを確信します。そして、その確信に基づいて、キリストの言葉のすべてを信じ、そのみ言葉にのべられているとおり、キリストはただ単にすぐれた教師あるいは徳の高い聖人であるというだけではなく、神の永遠のひとり子であり、人類の唯一の救い主であることを信じ、キリストを通じて永遠の生命に入ることができるものであると信じているのであります。

(つづく)