第8課 旧約時代

「モーセは、シナイ山をおりるとき
-かれは、あかしの板二枚を手にもっておりたが-モーセは、さきに主と語ったので、その顔の皮が光線をはなっているのを知らなかった」
(出エジプト記34の29)

神は旧約時代において真の教えを保たせるためにどうなさいましたか。
神は、アブラハムと言う人を選んで、イスラエル人(ユダヤ人)の先祖とし、
この民族のうちに、真の教えと救い主に対する希望とが保たれるように
なさいました。

 前の課で説明しましたように、アダムとエバが神にそむいて罪を犯し天国の永遠の幸福を受ける権利を失ったのち、神は救い主をおくってすべての人をその罪から救ってくださるという約束を人類にお与えになりました。神はその約束を守って、イエズス・キリストをこの世におつかわしになりました。しかし、それはすぐに行われたのではありません。最初の罪が犯された時とイエズス・キリストがこの世においでになった時との間には何世紀もの年月がへだったっています。

 この間についての物語は聖書のうち旧約聖書といわれている部分に収められています。それは、神に対する人類の忘恩と、神の人類に対するあわれみをつづった物語です。

 アダムとエバの子孫のうちには、つねに他に抜きんでて信仰と徳のすぐれた模範となるべき人々がいました。しかし、、そのころの大多数の人は神をないがしろにして、偶像崇拝をはじめ数々のいまわしい罪に身を投じていました。そこである時、神はその罪をこらしめるために、洪水を起こして、ノエという一家族を除いてすべての人類を滅ぼしてしまわれました。ノエは深い信仰を持った人だったので、神はかれとその家族を洪水から救い、この家族から人類の新しい世代を生み出させようとお考えになったのです。

 ノエとその家族は、破滅から救われたことを心の底から感謝し、洪水がやむとすぐに神に感謝のいけにえをささげました。しかし、ノエの子孫もまた、間もなく、先祖たちのたどった道をあゆむようになりました。このようにして、またしても人類の大多数の中に罪がしのび込んでくるようになったのです。

 そのとき神は、これもまた信仰と徳のすぐれた人、アブラハムを選んで新しい民族、ユダヤ人の先祖になさいました。このユダヤ人は、神の選ばれた民となるべき民族であり、その中から救い主がおいでになることになっていました。神はユダヤ人に特別なおはからいをお恵みになりました。神はかれらのうちから、モーセをはじめ多くの予言者を選び、その予言者を通じてかれらに徳にすぐれた、まことの幸福への道をお教えになりました。

 ユダヤ人をとりまく数々の民族はすべて偶像崇拝や迷信のもっともいやしむべき形におちいっていましたが、ユダヤ人は、神が予言者を通じて与えてくださった導きをありがたく思い、天地万物の創造主である神に対するまことの信仰を持ち続けました。もっとも、時にはユダヤ人も罪の生活におちいって、神からきびしい罰を与えられたこともありました。しかし、かれらは唯一の、まことの神に対する信仰を失ってしまうようなことはありませんでした。そして神は御子イエズス・キリストをおくって人とならせ、かれらの一員になさり、その信仰にお報いになったのであります。

(つづく)