第6課 天 使

「あなたたちは、この小さなものの一人
さえ、あなどらないように気をつけなさい、私は言う、この子たちの天使らは天にいて、常に天におられる私の父の御前に立っている」
キリストのみことば
(マテオ18の10)

天使とは何ですか。
天使とは、純粋な霊であって人よりもすぐれた知恵と能力とを持つものです。

 この宇宙で、人間だけが霊魂をもっているので、人は万物の霊長といわれます。 しかし、聖書の言葉によれば、神は人よりもっとすぐれたもの、つまり天使をお造りになりました。天使は人間と同じく、精神的に考えたり、愛したりする力がありますが、人と違って肉体を持たず、純粋な霊なのです。天使は、みなはじめから神と一致し、すばらしい幸福を感じました。そして、けんそんな天使は神を愛することによって永遠にその幸福を保ちます。

 聖書の言葉によれば、神は天使を通じて人々を守り導かれるのであります。すなわち神は人間ひとりひとりに守護の天使をつけて、善を勧め、悪を避けるようにその人の心をお導きになります。また特別な場合には、神の使者として天使をお送りになります。

 ところが、ある天使はごうまんな心を起こして神に反抗し、神を離れ、永遠の苦しみ、つまり地獄に落ちました。そういった天使を悪魔と言います。この悪魔は人を悪に誘い、地獄にひきずりこもうとします。

 よい天使の幸福はけんそんと愛によるものですが、悪魔の苦しみはごうまんと憎しみから生まれます。けんそんなそのよい天使は自分の天使としてのねうちをよく自覚しています。しかし、そのすべては神に与えられたものであることを認め、いつも明るい感謝と愛の気持ちをもってそのすべてを神にささげ、神と一致して限りのない喜びを感じます。

 これに反して、悪魔はただ自分がえらいと思い、神に感謝するどころか、神を憎みます。そして、その憎しみによってすべての喜びである神から離れ、限りなく苦しむのです。

 天国で神とともに永遠の幸福を楽しむ天使も、地獄で永遠の苦しみに閉じ込められた悪魔も、もとは共に神に造られ、限りなく祝福される天使であったというのは私たちへの良い教訓です。私たちにとっても、けんそんは幸福のもとであり、ごうまんから生じるのは苦しみだけです。

 私たちが守護の天使のすすめに従ってけんそんに神のおきてを守って生活すれば、この世においても後の世においても天使と同じような喜びを感じますが、悪魔の誘惑に負けて罪の生活を送るならば、今の生活が苦しくなり、死んでから悪魔と共に地獄の永遠の苦しみに落ちることになるのであります。

 私たちが悪魔の誘惑に負けず、けんそんな心で正しい明るい生活を送ることができるように、時々、守護の天使があることを思い出し、その助けを祈るべきです。

(つづく)